読書メモ 『うつ病九段』先崎学
この記事をきっかけに。Kindleで2時間くらいで読了。
「3月のライオン」最新13巻に先崎さんのコラムがないことは気づいており、どうしたかなと思っていたら…
うつ病経験者として、病に関連する書籍はぼちぼち読んだけども、初期のどうしようもない身体の重さや思考能力の落ち具合、そこから薄皮をはぐように回復していく経過が、主観でここまで読みやすく克明に書かれた本はあまりないと思う。(家族目線はいろいろある。)
ブコメでも書いている方がいるけれど、そのわかりやすさは、「棋力」という客観的な指標があるからこそだ。 後輩とまともに指せない、小学生並みの詰将棋が解けない、平時はプロとして何手先までも読めていたのに… そこからできることを取り戻していく過程が、すなわち回復の経過となっている。
文筆家としての先崎さんの腕は、もちろん十二分に活かされている。リハビリ中であり、以前と比べて文の細部に違和感があるとは書いておられるが、全体的な筆力や客観性は失われていない。
辛い苦しい、どうして自分が…という感情に偏りすぎず、人とのささいな会話や生活の描写、客観的な事実、(後付けであろうとは思うが)それらからユーモアを見出す努力がバランスよく織り交ぜられており、闘病記ながらシンプルに面白い読み物なのである。精神科医の実兄のおかげもあり、「うつはこうすれば治る!」みたいな胡散臭さからも、丁寧に距離をとられている。
そもそもここまで記憶して書きとめておけるということが、棋士+文筆家としての記憶力の賜物かもしれない。私はうつ病当時の記憶がおぼろげにしか残っておらず、逆に、この読書で触発されて思い出したことがいくつかあったくらいだ。
棋力の描写がポイントと書いたが、詰将棋の難易度にしても、対戦相手との大まかなレベル差にしても、都度わかりやすい例えがついている。将棋にそんなに詳しくなくとも、うつ病の人の中で何が起こっているのかがわかる本として、いろいろな人が読めるのではなかろうか。というか、いち経験者からしても、多くの人に読んでほしいなと思う。
先崎九段、復帰戦勝利おめでとうございます。